大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宇都宮地方裁判所 昭和52年(レ)14号 判決

控訴人(第一審本訴被告、反訴原告) 長部正信

右訴訟代理人弁護士 岡村顕二

被控訴人(第一審本訴原告、反訴被告) 桜井節子

右訴訟代理人弁護士 高瀬孝男

主文

一  原判決中、主文第一項を取り消す。

二  被控訴人の本訴請求を棄却する。

三  控訴人のその余の本件控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じて本訴・反訴とも、これを二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

「1原判決を取り消す。2本訴につき、被控訴人の本訴請求を棄却する。3反訴として、被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の各土地について宇都宮地方法務局氏家出張所昭和四八年二月二八日受付第七一四号をもってした所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続をせよ。4訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決

二  被控訴人

「1本件控訴を棄却する。2控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決

第二当事者の主張

(本訴)

一  被控訴人の請求原因

1 訴外亡荻原シナ(以下「訴外人」という。)は、昭和四八年二月二六日、その所有にかかる別紙目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)につき、公証人斎藤正人作成の遺言公正証書によって訴外人の相続人の一人である被控訴人に遺贈する旨の遺言(以下「本件遺贈」という。)をした。そして、右訴外人は同年四月六日死亡した。

2 しかるに、控訴人は本件各土地につき、宇都宮地方法務局氏家出張所昭和四九年五月一五日受付第一四三八号をもって、所有権移転登記を経由している。

3 よって、被控訴人は控訴人に対し、本件各土地の所有権に基づき、右所有権移転登記の抹消登記手続を求める。

4 なお、本訴請求に関する法律上の原因は、右に主張するとおりであって、このほかの法律構成をする必要はないものと考える。

二  控訴人の請求原因に対する答弁

請求原因1、2の各事実は認める。同3の点は争う。

三  控訴人の抗弁

1 訴外人は、控訴人と、昭和四六年二月二日、公証人石渡栄次作成の死因贈与契約公正証書により、その所有にかかる本件各土地を控訴人に対し死因贈与する旨の契約(以下「本件死因贈与」という。)を締結した。

2 右訴外人は昭和四八年四月六日死亡した。

3 控訴人は、本件各土地が農地法上の農地であるところから、右死因贈与に基づく控訴人への本件各土地の所有権移転につき、農地法三条所定の所有権移転の許可を受けたうえ、被控訴人主張の本件各土地所有権移転登記を経由したものであって、控訴人には、これが抹消登記手続をなすべき義務はない。

四  抗弁に対する答弁

抗弁1、2の各事実は認める。同3のうち、本件各土地につき主張のような所有権移転登記を経由したことは認めるが、右所有権移転につき農地法三条所定の許可を受けたとの点は不知、その余の点は争う。

(反訴)

一  控訴人の請求原因

1 本訴の抗弁として主張したところと同一であるから、それをここに引用する。

2 しかるに、被控訴人は本件各土地につき、宇都宮地方法務局氏家出張所昭和四八年二月二八日受付第七一四号をもって所有権移転請求権仮登記を経由している。

3 よって、控訴人は被控訴人に対し、本件各土地の所有権に基づき、右所有権移転仮登記の抹消登記手続を求める。

二  被控訴人の請求原因に対する答弁

請求原因1の事実に対する答弁は、本訴の抗弁に対する答弁と同一であるから、それをここに引用する。同2の事実は認める。同3の点は争う。

三  被控訴人の抗弁

本訴の請求原因1として主張したところと同一であるから、それをここに引用する。

四  控訴人の抗弁に対する答弁

本訴の請求原因に対する答弁と同一であるから、それをここに引用する。

(当事者双方の法律上の主張)

一  控訴人

死因贈与は贈与者の死亡によって効力を生ずる財産を贈与する旨の契約であって、遺言ではないから、本件死因贈与と本件遺贈とは、その性質上前の遺言と後の遺言という関係に立つものではなく、従って、本件死因贈与がその後なされた本件遺贈によりその効力を失ういわれはない。控訴人は、本件死因贈与に基づき、訴外人の死亡によって、本件各土地の所有権を取得したのであるから、その結果、被控訴人に対する本件遺贈はその目的たる権利が、訴外人の死亡の時において、相続財産に属しなかったことになって、本件遺贈はその効力を生じないものというべきである。

二  被控訴人

死因贈与については、民法上「遺贈に関する規定に従う。」旨定められており、これは死因贈与が実質的に遺贈に近い性格を有し、遺贈と同様に、贈与者の最終意思を尊重し、これによって決するのが相当であるからにほかならない。従って、前の遺言と後の遺言とが抵触する場合と同様、本件死因贈与は、これと抵触する後になされた本件遺贈により取消され、その効力を失ったものというべきである。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴について

一  請求原因1、2の各事実については、当事者間に争いがない。

二  ところで、農地につき、その所有権を移転するには、法定の除外事由に該当する場合のほか、農地法三条に規定する許可を受けなければならず、右許可は、農地所有権移転のいわゆる法定の効力発生要件であり、しかも農地のいわゆる特定遺贈による所有権の移転にも、受遺者が相続人のうちの一人であるか否かにかかわらず、農地法三条の許可を必要とするものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件各土地が農地法所定の農地であることは、控訴人、被控訴人双方の主張自体から明白であり、また《証拠省略》によれば、本件遺贈は、いわゆる特定遺贈であると認められるから、本件遺贈に基づき、被控訴人が本件各土地の所有権を取得するためには、農地法三条の許可を受けることが必要であるが、被控訴人が右許可を受けたとの点につき、なんらの主張、立証がない。

三  そうすると、被控訴人は、訴外人から本件遺贈を受けたものの、未だ本件各土地所有権を取得するに由なく、結局、被控訴人の所有権に基づく本訴請求は、その前提を欠き、その余の点につき判断するまでもなく、失当といわなければならない。

第二反訴について

一  請求原因1(本訴の抗弁1、2の各事実に同じ)及び同2の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、控訴人が昭和四九年五月七日付で本件各土地の所有権取得につき農地法三条所定の許可を受けた事実が認められる。

二  抗弁事実については、当事者間に争いがない。

三  そこで、本件死因贈与の効力について判断する。

いわゆる死因贈与は「遺贈ニ関スル規定ニ従フ」(民法五五四条)と規定されているが、これは死因贈与が贈与者の死亡を法定条件として贈与の効力を生ずる契約であり、単独行為たる遺言による財産の無償譲与である遺贈とは法的性質を異にするものではあるが、両者とも等しく贈与者若くは遺贈者の死亡によってその効力を生ずる死後の財産に関する処分を目的とした行為であり、さらに相続財産から受贈者若くは受遺者が利益を得るなどの点で両者がともに贈与者若くは遺贈者の意思、経済上の目的を共通にしているところから、死因贈与という贈与者の死後の財産に関する処分については、遺贈と同様に、贈与者の最終意思を尊重し、これによって決するのを相当とするからにほかならず(最判昭和四七年五月二五日民集二六巻四号八〇五頁参照)、従って、死因贈与には、遺贈の効力に関する規定が準用されるものと解するのが相当である。これを本件についてみると、前示のとおり、本件死因贈与がなされたのは、昭和四六年二月二日であり、本件遺贈がなされたのは、昭和四八年二月二六日であって、しかも、右両者はその内容においてすべて抵触するものであるから、訴外人の最終意思を尊重し、前の遺言と後の遺言とが抵触する場合と同じく、民法一〇二三条一項を準用して、本件死因贈与はその後になされた本件遺贈により取消されその効力を失ったものといわねばならない。

四  そうすると、控訴人は、本件死因贈与に基づき本件各土地所有権を取得するに由なく、控訴人の所有権に基づく反訴請求は、その前提を欠き、失当というべきである。

第三結論

以上の次第であるから、原判決中、被控訴人の本訴請求を認容した主文第一項は不当であって、この点に関する本件控訴は理由があるから、原判決中主文第一項を取消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、また、原判決中、控訴人の反訴請求を棄却した主文第二項は相当であって、この点に関する本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡垣學 裁判官 太田雅利 米山正明)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例